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第2回 知能とは何か :ITエンジニアに今すぐできること

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特集: AI人工知能が変える未来

株式会社AIWIL システム開発事業部

第2回 知能とは何か

人工知能イメージ

あなたが開発する人工知能

 もし今、AI人工知能を開発出来る機会があるとするならば、

 ・ あなたはどのような人工知能を開発しますか?
 ・ それは、どのような仕組みで機能しますか?
 ・ あなたはなぜそれをAIと呼ぶのでしょうか。

 あなたがITエンジニアであれば、この問いにどのように答えるでしょうか。
 今回は、この問いに対する「AIWILの答」をご紹介します。

知能に注目する理由

 私たちが開発する人工知能とはどのような存在であるべきか。この問いに明瞭に答えるということは、エンジニアにとって「知能」とは何かが明確になっているということです。

 前回の第1回「AI人工知能の姿で一般的に認識されているAIの様々なイメージを整理した上で、エンジニアが今すぐにでも参画できそうな領域や、既に実現している技術の概要をご紹介しました。エンジニアがAIを語る時の前提として知っておくことで興味の幅を広げることが出来るように、様々な議論やカテゴリーについてもご紹介しています。
 人工知能開発に参画するエンジニアが増えていく中で、今後の方向性を考える際に、皆さんが今どのような立場で参加しているのかを明確に意識できていることが大切だからです。

 そして今回の特集記事では、特に「知能の定義」について注目します。
これからのエンジニアを待ち受けているエキサイティングな世界、エンジニアに開かれている未来の可能性について、より深い興味を引き起こす機会となることで皆さんのお役に立つことが出来ればと思います。

知能とは何か

知能を定義する

知能
  科学の健全性を支えるためにはもちろん重要なことではありますが、「知能」の定義でさえ様々な立場により、いまだ百花繚乱の議論が行われている状態です。人工知能にかかわらず「知能の定義」は非常に興味深い領域です。
 
 知能とは何か。ひとつの知能の範囲はどこまでなのか。次のような議論をご存知でしょうか。
たとえば「宇宙全体が生命体である(生きている)」とみなす科学者がいます。我々地球上の生物も、宇宙という生命体の部分にすぎないという考え方です。
 また「超個体」という考え方もあります。単純な判定しかできない一つ一つの個体でも、情報交換をしながら協働で問題を解決していく全体の姿が、まるでひとつの知能として機能していく様子について研究しています。

 私たちが人工知能のあり方を考えていくときに、このような無限の広がりまでを重要なキーワードの範囲として捉えていくべきなのでしょうか。

「知能の範囲」を明確にする

 このような議論は確かに非常におもしろいものです。志あるものが毎夜集まり灯をともして語り明かしたとしても、その話題が尽きることはないでしょう。しかし私たちがある一定の目的を達成するためには、目標にも「境界線」を設けなければなりません。

 私たちが創造しようとしている最初の存在は、全てを含んでいく宇宙的ネットワークといった壮大な何かでしょうか。それよりも個々の人類と直接向き合うことが出来るような「独立した知的活動体」のはずです。
 そのためには、人工知能とそれ以外の機能とを、もう少し具体的に分ける試みをしてみましょう。まずは「人工知能とは、それだけで独立した思考を行える機能である」と定義してみます。

 もっと範囲を明確にするために、そのように定義した「人工知能」を中枢に持って、情報を入手したり結論を出したり、さらには何らかの行動が行えるような「システム全体」については、たとえば「人工生命体」とでも仮に定義しておきたいと思います。(人工生命体とは、目や耳から情報を仕入れ、声や手や動作で結論を表明し、手足で行動を起こしていく人体や機能的なロボットのイメージでしょう)

 このように定義していけば「知能」の範囲はより明確になってきます。SF映画に出てくるような「手足がバラバラになってもまだ会話をしている恐ろしいロボット」なら、中枢思考回路までが知能であり、壊された手足は人工生命体の一部とでも言えるでしょう。

感情と知能

感情は知能が生むのか

感情とは
 知能を考える上で、実は、感情についても考えてみる必要があります。なかなか理解しがたいかもしれませんが、地球上で「感情を持つもの」は人間だけだという考えがあります。その理由は次のようです。

 感情とは抽象化された概念・感覚である。しかし物事を抽象的に理解するためには、経験や記憶を一般化・共通化するために、脳内で記憶を記号化する必要がある。記号言語を扱う生命が人類だけであるならば、“抽象的な概念を必要とする感情”を持てるものは人だけになる、という考え方なのです。
 そしてこれは、工学の考え方から提議されたものではありません。むしろ生命を取り扱う大脳生理学の中の考え方のひとつとして以前から提示されていたものと記憶しています。

 もしあなたが愛犬家や愛猫家なら、とても受け入れがたいことでしょう。動物が怒ったり喜んだり怖がったりしているように見えるのは(人の感情に置き換えてそう見えるだけで)、実は本能的に反応し行動している様子にすぎず、それは感情ではないということです。

 そのように考えるならば犬や猫に感情はなく、生態として単純な反応を示しているだけであるということになります。それこそ飼い主の“感情”から見れば納得しがたい考え方かもしれません。
 感情とは様々に起きてくる身体的感覚だけでは成り立たず、記号言語が反芻される脳内反応がかたち作るものとすれば、そうなるということです。

人工知能が感情を持つ条件

 あるロボットやAI研究の場で「感情」のようなものを再現する取り組みの紹介がありました。もちろん、それぞれの企業や研究機関のおもわくもあるでしょうが、出来ればそれらの研究が「のようなもの」のデフォルメで終わるのではなく、「記号言語の反復処理と学習による帰結が個性的に固定化したことで生まれてくる何か」であることを願いたいものです。

 もしこの考え方に沿って結論を出す場合には、人類が持つような「抽象化して思考する能力」を人工知能の最低条件とする場合、「知能は必然的に感情を持てる」ものとなりそうです。

 もちろん様々な動物にも知能があると言われています。「知能があれば感情を持つ」のではなく、「記号言語を用いて抽象化して思考する知能であれば感情を持つ」ということになりそうです。

感情を持ち始めた計算機

感情を持つコンピュータ
 おもしろいことに、このことを突き詰めていくならば、今でさえ既にルールを伴った記号を取り扱って稼動しているコンピュータならば「事象の抽象化」を可能とする能力を獲得したときには、次の段階として感情を持つ可能性があると言えそうです。

 “抽象化”を非常に簡単に表現すれば、「様々に異なる個々の事象に対して大雑把な共通性を見つけ出す」行為でしょう。
 たとえば通勤電車に乗っている全ての「人」を、個別の違いを無視し「同じ人類」と認識することも抽象化の一つです。記号言語の中で「人」として同一化する答えを出しています。
 初めて見た隣の子猫と、いつも見ている我が家の猫をどちらも「かわいい猫」として認識する。愛する人との別れを経験した人が、映画やドラマの別れのシーンにその記憶を強く重ねて涙を流すことなども抽象化された記憶が同一性を認識しているものなのかもしれません。

 最近、スーパーコンピュータに猫を「猫である」と認識させたことが話題になりました。それこそまさに「抽象化」の技術だからでしょう。つまり感情が抽象化からのみ生まれるとするならば、既にコンピュータでも感情を持つ条件を持ち始めているのかもしれないといえるのです。

感情は知能の条件か

 感情は知能にしか持てないものなのか。感情の有無が知能のための必須条件か。そのような議論にもなっていくでしょう。

 そもそも感情は、見たことや記憶したことを抽象化できる記号言語だけが生むものなのか。それとも生物的な様々な“感覚(痛覚や快感)”こそが、感情の姿なのか。
 言い換えれば、光景の記憶を「抽象化」した時にのみ感情が生まれるのか、それとも体の痛みを思い起こす感覚(センサーの応答をシミュレートした瞬間)が感情なのか、またはその両方なのか、という議論になるのです。

 動物が芸を覚えるのは知能なのか。または生命的な存在のために獲得した反復能力に過ぎないのか。それを知能であるとするならば、感情がなくとも知能といえるのか。このように「知能」が備えるべき条件や範囲を検討していくと定義が定まらないのも仕方がないことなのかもしれません。

知能の定義の明確化

AIWILが定義する人工知能の姿

人工知能の定義
 しかしAIWILは、いたずらに可能性や範囲を混沌とさせていく必要はないと考えます。
AIWILでは、「人工知能開発に必要な知能の定義」を次のように明確化します。

 これらは一見難しく見えるだけで、実はごく当たり前のことを定義しています。第3回の特集記事で、いっそう分かり易い内容として具体的な説明を行う予定です。

1 知能とは「有機的に結合した機能で構成される、思考主体として自立可能な最低単位の閉じたシステム」
2 思考とは「記憶した情報(経験)に基づき物事の関連性を抽象的・論理的に結びつけた仮説ルールから、一定の優先付けに従って、入力した刺激に対する幾つかの帰結の可能性を結論として選択する自律的反応」
3 知能に必須の動作は「外界からの刺激を入力し(受け入れ)、自律反応が行われること」

 入力装置を持たずあらかじめ何らかの情報を埋め込んだ状態であっても、もちろん結論を出す活動は可能です。ただし入力装置がなければそれ以上の発展がなく「学習と変更が起こらない機能」は知能とは呼べないと考えます。

 選択した帰結と実際の結果を観察・対比させるフィードバックも新たな情報(経験)を得る入力のひとつであり、これにより思考過程を修正していくことが可能になります。
 外部へ出力(意思を表明)する能力が備わっていない場合でも、知能として成り立つことは可能です。しかし外部へ向けて自らの判断・選択肢を示すことがないならば、外部からもなんらかの示唆が返されることがなく、有益なフィードバックを受けて思考を修正する機会が減少するでしょう。

必須条件以外の機能

 外部からの働きかけを待つのみではなく、外部に向かって「自発的な活動」も行うような人工生命体にまで発展させるとするならば、さらに

 1 外界の情報に対して「好奇心に等しい特性」を持つことが必要

となります。しかしそれは「進歩や改善」の条件ではあっても「知能の最低条件」ではないでしょう。

そして最後に、その是非とは別に「主体的な意思や感情を持つ」人工知能とするためには、

 1 「良否の判断基準」を自ら構築・改変し続けることが可能で、その判断基準に基づいた「受け入れと拒絶(=好感と嫌悪)」の自律反応機能を持つことが条件

となるでしょう。つまり“人類にとって有益な”良否の判断基準という「堅牢な制約と制御」をその仕組みの中に取り込まないで開発を続ければ、主体的な意思や感情を持つ知能は容易に人類の脅威となり得ます。

 以上が、現時点でAIWILが考える「知能」そして「人工生命体の意思」に関する基本的な定義です。
当然これらは今後も検討され修正されていく必要があります。しかしそれが人類にとって是か非か、恐怖か希望かという議論の前に、まずは共有するべき基本的な定義を議論の対象毎に個別に合意していくことが必要です。
 混沌とした定義の渦のままで互いの議論の空中戦を展開することだけは不毛であり、進歩を阻害し、不安を増幅する要因となり得ると考えます。

まとめ

 前回の第1回「AI人工知能の姿では、一般的に認識されているAIの様々なイメージを整理してエンジニアが今すぐにでも参画できそうな領域や、既に実現している技術のトピックスをご紹介しました。
 人工知能開発に参画するエンジニアが増えていく中で、今後の方向性を考える際に皆さんが今どのような領域に参加しているのか明確に意識できることが大切だからです。

 そして今回の特集記事では、特に「知能の定義とその先にあるもの」について注目しました。
エンジニアを待ち受けているエキサイティングな世界や未来について、より深い興味を引き起こす機会となることで皆さんのお役に立つと考えるからです。

 次回の第3回「AIの構造と制御」では、今回最後に触れた「AIWILの定義する人工知能」についてより具体的な説明を加えていく予定です。
 人類の豊かさにとって、またエンジニアが志向すべき方向性として、それを実現することで有益となるような「基本構造と制御のあり方」の重要性を考えていきたいと思います。

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